本書はスウェーデンの作家・ジャーナリストであるペール・アンデションの著作のはじめての邦訳です。同国の著名な旅行雑誌『ヴァガボンド』の共同創業者としても知られる著者は、若いころからインドを中心として世界各地をバックパッカーとして旅してきました。2015年に刊行した最初の著作(スウェーデン人女性に恋したインド人男性がスウェーデンまで自転車での旅をして結婚する、という内容。未邦訳)が母国スウェーデンで35万部超という驚異的な大人気を博したのち、2017年に出版されたのが本書です。今回の本ではこれまでの自身の旅の記憶を丁寧にたどりながら、「人が旅に出る理由」をさまざまに考察しています。
おカネも時間も労力もかかり、時に危険とも隣り合わせなのに、なぜ私たちは旅に誘われるのでしょうか。著者は、そもそも人類は遊牧民だったというところから話を始め、旅先での他者・異物との出会い、そして、そこで自分の中に生まれる新たな感覚にこそ至上の価値があると持論を述べています。不確実性の中に身を置くことで、人は自分の世界観・人生観をアップデートすることができるということです。前もって綿密に計画され準備された「ツアー」では、こうした旅の効用は生まれません。著者はジャック・ケルアックについて触れた箇所で「旅は、前もって予見可能であってはならず、ページを開いた瞬間の本のようでなければならなかった。旅人は、自分が今から何と出会うか、誰と遭遇するかを知っていてはならなかった」と書いています。検索サイトのアルゴリズムによって自分に最適化された情報にばかり晒されている現代人にこそ、旅が必要なのです。
また著者は「旅とは、未知の音、噂、慣習と相対することだ。当初は不安になり心が混乱したとしても何とかなるものだ。旅に出れば、一つの問題にも解決法が何種類かあることを知って心が落ち着くようになる」とも書いています。「唯一の正解」を探そうと前のめりになりがちな現代人の視野を広げてくれるのが旅なのです。ネット上で世界中の情報にアクセスできる時代に、なぜ私たちは旅をする必要があるのか。本書はその理由を改めて確認できる一冊といえます。
『旅の効用 一人はなぜ移動するのか』
ペール・アンデション 著 畔上司 訳(草思社 2020)
¥2,420
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